たとえば、
誰の目にも、
頼もしくて、使い勝手のよい「長所」と映るようなものが、その【手】に持たされていたとしたら、
その人の人生は、思い通りのものになるのだろうか。
でも、だとしたら、
誰の目にも、
扱いにくくて、もて余してしまうような「短所」と映るようなものを持たされていたとしたら、
その人の人生は、ままならぬものになってしまうの…?
【手相読み】の帰り道、
今日出会ったいろんな【手】のことを思い出しながら、
ふと、そんなことを思った。
どういうわけだか
持たされてしまっている【手】。
「長所」だとか「短所」だとか、
そんなの何一つ自分で選んでないのに。
だけど、この【手】を手放すことはできない。
どうであっても、
あきらめてでも、
この【手】を使って
生きていくしかない。
昔、
「あきらめる」とは
「あきらかに、みとめること」なんだって、聞いたことがある。
だとしたら、
潔くあきらめて、みとめてみるのも悪くない。
「長所」ばかりじゃなくて、
ひっとしたら「短所」ばかりが目につくかもしれない。
だけど、それこそが「らしさ」ならば、
「短所」も「長所」も全部引っくるめて、請け負って、進んでいくしかないじゃない。
どの【手】にも
たしかに持たされているもの。
そのひとつひとつを
「あきらかに」して
「みとめて」あげてみませんか?
私でよければ、
いつだって、そのお手伝いをしますからね。
あなたの日々が、
思い通りでありますように。