「うるせぇなぁ、こいつぅ。
なんなんだよぉ。はやくしろよぉ。」
病院の待合室で
私の隣に座ってた幼稚園児(男の子)がママに放った言葉。
どうやら
スマホのゲームをしたかったみたい。
ママはというと、
とにかく静かにしておいてほしい一心で、大慌てでカバンからスマホを取り出し、
小声で「しずかにしてね…」
と言いつつ手渡した。
だけど、
ムスコくん、ゲームを始めてもしゃべり続けるもんだから、
「しゃべるんなら返して…」
と、ママは
スマホを取り上げようとした。
すると、
「もう!ママのせいでミスったじゃん!
おまえ、バカなんか!!」
と、ムスコくんは
何度も舌打ちしながら、
小さな【手】をグーにしてママの太腿にパンチをし始めた。
なかなかの連打。
ママはただただヤられてる…。
ドスドスドスドス…。
真横にいる私は、
この母子から発せられる「毒気」にあたってヘトヘトになりそうだったので、
心にシールドをかけて、母子の存在を消すことにした。
得意技の
【脳内ミーティング】でね。
ついでにメモ帳も開いて、てのひら日記も書き始めてみた。
★「ねぇ、マジでヤバくない??
どうなっとるんよ、この母子。」
☆「ちょっと待って。
この母子関係が
いいとか悪いとか他人の私たちが簡単に判断することはできないからね。」
★「いやいや、誰が見てもこれはヤバいでしょ。
あんな好き勝手やらせていいわけないじゃん。」
☆「病院に来るまでになにかあったのかもしれないんだから。」
★「だとしても、母、完全にナメられとるじゃん。」
☆「そうかもしれないけど。
でも、母子にはそれこそ私たちの想像もつかないようなこれまでの時間と物語があるわけでしょ。だから、本当のことなんて分かるはずがないよ。
私たちは、偶然、その積み重ねの先のほんの一瞬の出来事を、
今、目にしてるだけなんだから。
たまたまの姿かもしれないでしょ。」
★「たまたま~?ほんとに~?それはわからんよ~。」
ーーーーーーー
シールドはすっかり完成し、メモもスイスイ進み出した頃、
ふと、ムスコくんの声が消えていることに気づいた。
そっとふたりに目を向けると、
ママがムスコくんの鼻水を拭いている。
優しく優しく、
ムスコくんの顔に【手】を添えながら。
ムスコくんは、
全身をママに委ねて
おとなしく拭かれている。
ママの肩に【手】をかけながら。
★「なんなんだよぉ~」
☆「ほらね~」
思わずため息がでて、天井を見上げていたら、
看護師さんに名前を呼ばれた。
ーーーーーーーー
帰り道、
さきほどの母子のことにもう少しだけ思いを馳せてみた。
ママをパンチしてた、
ムスコくんのグーの【手】は、
「負のエネルギー」をところ構わず撒き散らかす、
制御のきかない凶器みたいだった。
そして、
ママの【手】は、
ムスコくんの凶器を素手で包み込もうとして、キズだらけになっているみたいだった。
だけど、
鼻水を拭いてもらってるムスコくんの姿を見てると、
やっぱり彼の【手】はママを傷つける凶器でいたいわけじゃないんだよね、と思えた。
ほんとうのことは
見えにくいものだわ、ほんとに。
ムスコくんが風邪をひいててくれてよかったわ、ほんとに。
……なんてね。
病院を出ると、
少し肌寒くなっていた。
冬が近くにきてるぞ。
お~、さむいさむい。
はやく帰ろうっと。