ついに
父が免許を返納することになった。
それにあわせて
愛車も手放すことに。
私の目に映る父の姿は、
頑固で、短気で、せっかちで、
「己」の心の赴くまま、
衝突を恐れもせず、
我が道をひたすら突き進んでいく。
ひどく不器用で熱い(熱すぎる)性格ゆえか、
改めて考えてみると、
私は「父の友人」に会ったことがない。
「友だちおらんて…」
と心配になったりもするけれど、
同時に「あの性格じゃ仕方ないか…」とも思ってしまう。
だけど、
当の本人に孤独感や悲愴感は漂わない。
なんとも、タフなこと…。
そんな自分の心に忠実に
忙しなく動き回る父のそばにはいつも「車」があった。
先日、
実家に立ち寄ると
玄関先のガレージから
愛車が消えていた。
「早っ。もう、手放しとる…」
父はどんな思いを胸に
愛車との最後のドライブをしたんだろう。
免許取得から58年。
喜びに震え、
怒りに震え、
哀しみに震え、
楽しみに震え、
幸福の絶頂にいるときも、
不幸のどん底にいるときも、
どんなときも
父の【手】は愛車のハンドルを握り続けてきた。
父にとっての「車」は、
単なる移動手段ではなく、
人生を共に謳歌する「友」のような存在だったのかも。
ふと、
そんな考えが頭を過った。
私の記憶に残っているだけでも
6台…7台の「友」がいた。
…てことは、きっとその倍以上の「友」が存在してたんじゃないのかな。
歴代「友」のみなさん、
気難しい父に寄り添ってくれてありがとうございました!
心の中でお礼を言って、
やけに広く感じる、広くもないガレージを後にした。
これから
「友」を手放した父の【手】が
どんな「友」を掴むのかな。
ちょっと離れたところから
見守っていよう。
だって、
父の人生は
まだまだ続くんだからね。